■ 暮らしの記憶を受け継ぐ

私が育った家は築100年の古い田舎建ての家でした。
南側に大きく開かれた縁側。
広すぎる玄関はたたき土間。
土壁と畳、昔ながらの格子戸や板戸。小さな頃は、和風がいやだなぁと思っていたものです。
もともと祖母の実家だったのですが、祖母の父はお医者さんだったそうで、家にはその名残もいくつか残っていました。たとえば、土間には受付用の小窓が・・・

独立して間もなく、いろいろ訳あって実家を建替えることになり、設計を任されることになりました。やもなく、建替えになりましたが、やはり自分が育ってきた家がなくなってしまうことは寂しいものです。 建物は残せなくても、その家の趣き、風合いは残したいと考えました。
柱・梁、格子戸や板戸や欄間、天井板、床の間や玄関の式台の無垢板、そしてあの病院の名残の受付窓。解体前に大工さんにも入ってもらい、いろいろな建材をとりました。
それを活かしてデザインしたのがW邸です。 古材を活かしたW邸を改めてご紹介します。

W邸のリビング・ダイニング。丸太の梁(ごろんぼ)は旧W邸の梁です。この梁がとても印象的な落ち着きのある空間になりました。

仕口の加工は手刻み。大工さんかなり苦戦していました。

玄関の壁には、旧W邸の和室の天井板をタイルのように、モザイクに貼りました。 この壁、なかなか評判がよいです。

もともと縁側のつきあたりにあった板戸は納戸の引き戸として再利用。

玄関土間にあった格子戸は和室(寝室)の押入扉として。

かつての玄関式台は、ダイニングよこの造り付けベンチの座面と背もたれになりました。
解体の当日、もっと寂しくなるのかと思っていたのですが、 活かせるものがあったからでしょうか、不思議にそれほどでもありませんでした。 そして、現在も実家に帰っても自分の家の記憶が引き継がれていることを感じます。
他人にとっては、たかが木材、たかがガラスでも そこに住むご家族にとってはかけがえのない記憶のかけらに違いありません。
建物の老朽化などで、やもを得ず、建替えをしなければならない、 いいところは活かしながら、リフォームしたいという方は沢山いらっしゃると思います。 そうした記憶のかけらを新しい家の一部として、生まれ変わらせることでこれからの生活に持っていけるよう、「在るものをどう活かすか」ということも、設計者のしごとだと考えています。

もうすぐ着工予定の新築案件は建替えなのですが、今、建具やサッシに入っているガラスを室内建具に使おうと考えています。
柄は4種類ほどありました。 アンティークガラスというのか分かりませんが、昭和のもの。 なかなか入手できないものもあると思います。 いかにもという風にならず、暮らしに馴染む・そしてその家の特徴になるデザインを只今考え中です。